まわりを見るとほとんどのコンテンツが電子データになっていることに、皆さんは気付いておられますか。
それなのに、さまざまな局面で未だに"紙"を原本として扱っています。なぜでしょうか。
確かに紙には紙の良さがあります。電子データと対比させて、紙の利点が強調されることもあります。例えば、電子データでは、どれが最後の"正しい"文書かわからないとか、直ぐに見ることができないとか、もっと言えば、電子データはそのままでは"書面"ではないので証拠にならないとか、提出できないとか。
紙に記載された文書は、紙が実際に物体として存在しているので、関係者に安心感を与えます。このような安心感は、長年に渡って築き上げられた習慣や社会通念に根ざしたものです。社会生活を営む上で、また、仕事を進める上で、このような安心感は確かに無視できません。
ワープロで(なぜかひと昔前の専用機を感じさせる言葉ですね。『パソコンでWordを使って』と読み替えて下さい。)、文書を書いてその文書を保存したとしてもなぜか実感が湧きません。印刷して初めて文書を書いたとの充実感に浸ることができます。ワープロの場合、保存するよりもまず印刷でした。印刷して初めて文書を清書する作業は完了。文書を電子データとして保存しないこともあったと思います。
印刷された文書が手紙とすれば、プリンタの機械的な文字だけでは味気ないので、やはり、自筆で署名することも多いでしょう。
ビジネスレターの場合、偽物?では無いとの証拠として、担当者の認印や会社の社印を押して初めて書類として完成させます。この一連の工程に対して、我々は疑いを抱くことなく、このことを常識として、これまで過ごしてきました。今、この常識が崩れつつあります。
その切っ掛けはIT。ここ数年急激に進化したITを起爆剤としたコミュニケーション手段の変化です。例えば、Webサイトを使った情報公開や、電子メールの利活用が従来とは異なる新しい常識を次々と生み出しています。そのスピードのその変化に、書面、自筆による署名、印鑑を使った押印、これらすべて紙の存在を前提とした常識が、習慣が、社会通念が、既に対応できない状況に今陥っています。
堅い表現ですが、紙に書いた文または文書の意味で「書面」との言葉が使われます。例えば、契約書とは契約の条項を記し契約の成立を証明する書面です。領収証とは金銭を受領した旨を記して渡す書面です。これまで、これらを電子データとして扱えなった理由の一つとして、法の壁がありました。この壁が今音を立てて崩れつつあります。このことを象徴する出来事が、電子文書法(e-文書法)の成立です。
法律の正式名称は、「民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する法律(平成16年法律第149号)」。2004年12月に公布されました。施行は2005年4月です。
ただし、この法律を生かすかどうかは、それに続くさまざまな法令の改正、そして、運用次第でしょう。これまでの“書面”文化を大事したいとの動きも無視できません。しかし、パンドラの箱は開きました。電子データを正統に扱える文化を構築するスタートラインに、今、我々は立っているのです。